2015-03-20

理科教科書における光スペクトル再定義の必要性(白熱灯・蛍光灯・LEDを理解する)

本稿は日本物理学会第70回年次大会(2015.3.21-24,早稲田大学)にて登壇する
理科教科書における光スペクトル再定義の提案」(24aCK-4) に基づくものである.
日本物理学会は執筆者自身の論文については,無条件に再利用することが認められている(日本物理学会誌投稿規定(PDF), (別表)JPSJ・会誌・大会概要集・大学の物理教育 掲載論文 利用許諾基準)ので,ここに全文を紹介する.講演概要はA4 1ページの制限があるので,詳細を追記する.

はたして,「実に興味深い講演概要」になっているだろうか...参考(講演概要の書き方PDF
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講演概要:
 光のスペクトルは光の波長,原子構造などに関連し,中高の学習指導要領においても重要な概念として位置づけられている.実際,現行新課程の高校学習指導要領解説(理科編, 2009.3)には「科学と人間生活」「物理」「地学基礎」「地学」で計23ヶ所「スペクトル」という語句がある.簡易分光器が科学啓発プログラムで手軽に利用されるようになり,今や一部の教科書の付録に採択されるなど,生徒にとってもさらに親しみやすい題材となっている.
 かねてより教科書でスペクトルは連続スペクトル(熱放射)と線スペクトル(輝線・暗線)に分類されている.ところが,例えば節電対策やノーベル賞受賞で一躍知名度が上がった発光ダイオード(LED)のスペクトルを説明する場合,この分類では窮することがないだろうか.
 現在商用化されている白色LED照明はRGB3原色のLEDを用いているのではなく,青色のLEDと黄色の蛍光体を用いて,擬似的な白色光を実現している.青色成分を相対的に抑えた擬似電球色LEDと併用し,点滅のデューティサイクルを制御することで,両者の中間的な色の変化も可能となるなど,その技術革新は目覚ましい.
 LEDのスペクトルは伝導帯下端の電子分布幅と価電子帯上端の正孔分布幅によって数十nm程度の幅をもつ緩い山なりのスペクトルとなる.さらに蛍光体のスペクトルは,特定の色付近に100 nm以上にわたりなだらかな広がりをもつ.すなわち,これらは連続と言うには細く,熱放射とも無関係で,かといって輝線と言うには広すぎるスペクトル幅を持つ(図参照).蛍光灯・プラズマテレビからLEDや有機ELにかわりつつある日常生活において,従来のスペクトル分類では不十分かつ不自然であるとの印象がますます強くなってきた.
白色LED測定値とプランクの輻射式    

 熱放射に対し,冷光(蛍光と燐光)の用語もごく稀に目にするが,必ずしも定着していない.科学技術や工業製品,日常生活の現場で使われている用語に科学的に親しむのが理科教育の主眼でもあるので,むしろ「ルミネッセンス」のまま既存の分類を拡張するほうがよさそうである.この用語に従うと,白色LEDは青色の電子ルミネッセンスと黄色の光ルミネッセンスが合わさったもの,蛍光灯は水銀プラズマの発する輝線スペクトルと白色の光ルミネッセンススペクトルが合わさったもの,と統一的に説明できる.実際,有機EL(エレクトロルミネッセンスと記載)を紹介する新課程中学教科書もある.本分類であれば高校理科で自然に拡張して発光原理とスペクトル形状を説明することが可能であろう.中学以下であれば回折格子を介して観測される印象から,
       とびとび(輝線),
       べったり(熱放射)に加え,仮に
       "もあもあスペクトル"
と称するのはどうであろうか[1].
 以上の観点から著者は,
 (i)温度を反映し高温の物質が発する連続スペクトル
 (ii)原子構造を反映し,気体やプラズマが放出・吸収する線スペクトル
 (iii)半導体や蛍光体が何らかの刺激(電界や光)をうけて間接的に発するルミネッセンススペクトル
に分類を拡張することを提案する.

[1]門信一郎「理科教育の現場にプラズマ・核融合を」プラズマ・核融合学会誌 Vol. 91 No. 2 (2015) pp. 99-106. (PDF 745 kB)
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<立ち位置>
この提案は,あくまで理科教科書内容についてのものです.
厳密な言い方をすると,スペクトル形状に関して分類すると
「連続スペクトル」には
 - 熱放射:黒体輻射,プランクの輻射式
 - 制動放射:自由電子ー自由電子遷移
 - サイクロトロン(シンクロトロン)放射
 - プラズマの再結合放射:長波長側に「崖」をもつ片側連続のスペクトル
があります.ただし,教科書ででてくるのは,熱放射の部分のみです.

「輝線スペクトル」は,プラズマ中の原子や不完全電離イオンの束縛電子が電子や光子の衝突によって励起遷移し,有限の時定数で起こる発光を伴う脱励起遷移(自然放出)のスペクトルです.波長は脱励起遷移のエネルギー差できまります.この点で,発光ダイオード(LED)の発光過程も類似しています.

一方,発光原理に着目すると
  i) 熱放射,
  ii) 加速度運動する荷電粒子からの電磁放射,および
  iii) 励起発光
の3分類になるかと思います.
 制動放射やサイクロトロン放射はii),プラズマ中の原子やイオンが発する輝線やLEDはiii)に含まれます.

では,プラズマからの発光とLEDどちらも輝線スペクトルに含めるのがいいのでしょうか?

 もちろん,それも一理あるのですが,副作用があるのです.どこかを無理に整理しようとすると,別のどこかに齟齬がでてしまう.よくあることですね.

(1) 簡易分光器での観察結果の説明に窮するのではないかと想像します.
 現行の学習指導要領では簡易分光器を作成して実際にスペクトルを観察することが推奨されています.しかし,教材として自作できる分光器では,蛍光灯とLEDランプはまったく違ったスペクトルに見えます.それに加え,真空放電(気体放電),発光ダイオードを別々に学ぶので,それらを混乱させないように組み込むことが肝要だと思います.

(2) 熱放射は星の温度と関連して,小学生でもかなり定着していると思われます.LEDのスペクトルは簡易分光器で見ると,どちらかというと,こちらに近く見えます.すると,色と温度の関係に混乱を引き起こしてしまうことが懸念されます.

<考察>
我々科学者は,より一般化,一般化と進みますが,学習者にとって,それは必ずしも最適な道筋とは限らないと思います.まずは性質の区別をしっかり把握し,その後に原理の共通点へと深めていくほうがよいでしょう.
 例えば,硬貨の材料
  -    1円  アルミニウム
  -    5円  黄銅
  -  10円   青銅
  - 100円 白銅
  - 500円 ニッケル黄銅
と説明されると,ある人はこれで納得するでしょうし,さらに,「黄銅とは銅と亜鉛の合金で,いわゆる真鍮」と理解し,さらに「それぞれ何%含有しているかで性質がかわる」と必要に応じて細部に進んでいける.
 もし最初から「500円硬貨は銅72%,亜鉛20%,ニッケル8%」と説明されると,ある人には拒否反応がおきるばかりか,合金ではなく混合物と誤解される懸念もでてきます.
 すなわち,浅くおおまかな分類から細部の原理まで矛盾なく深めていける定義が望ましいと考えます

 この観点で,LEDの発光を従来的な理科にどのように入れるか,ということに注意が必要だと思うのです.現状いわば,「銅」を学ばずに「黄銅」や「青銅」を学んで終わっているような印象です.
 そこで,中学高校では,
 スペクトルの様子 (べったり,とびとび,もあもあ),に始まり,
 スペクトルの性質 
      - 熱放射(連続スペクトル,温度に依存),
   - 輝線スペクトル(細い,エネルギー準位に依存),
   - ルミネッセンススペクトル(線幅や形状が物質により様々,輝線に類似)
と分類し,自然界や光製品の様々な発光を説明できるようになり,大学に進学するに従いスペクトル生成の原理:
   - 加速度運動する荷電粒子の電磁放射
   - 原子の輝線と半導体の再結合発光の詳細な原理
    (広義のルミネッセンス,蛍光や燐光),
   - プラズマの再結合放射は半連続(長波長側に崖をもつ)になること,
 などを学んでいけばよいのではないかと思います.

     2015.3.20 公開(ブログは未完成ですが講演間近なので公開:図なども入れたい)

                               (文責 @plasmankado)

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3/24 追記:講演を終えました.フロアからの質問があったので,記載します.

Q    帯スペクトル(バンドスペクトル)というのはどうか.
  ルミネッセンスは形状のことを指すのではなく,プロセスのことを指している.
A     もっともなご意見だと思いました.実際,帯状スペクトルの名称はどうだろうか,と悩んだこともありました.いまだ,結論がでているわけではないのですが.以下のように考えます.
 バンドスペクトルは,分光学の用語では,分子の振動,回転構造を指します.例えば,プラズマ中の水素分子(Werner-band, Lyman-band, Fulcher-band),窒素分子(1st positive, 2nd positive etc), HCl, CHラジカル,C2ラジカル(C2 スワンバンド)など,かなり有名なものがあります.これらは,一見帯状に見えますが,分解能のよい分光器で測定すると,輝線の集合からできていることがわかります.発光過程は,原子の輝線とまったく同じく,電子衝突励起や光衝突励起,解離励起などです.これらの確立された領域にはあまり踏み込みたくないと私は思っています.
  (   核融合境界層プラズマの分子分光   ~可視領域の水素分子スペクトル~  PDF
     プラズマ・核融合学会誌  J. Plasma Fusion Res. Vol.80, No.9 (2004)749‐756 )
仮にバンドスペクトルを導入すると,その後,「バンドスペクトルは一見連続にみえるけれども,連続なものも,実はそうではない場合もあって,具体的には様々あって,LEDや蛍光体や分子やラジカルやプラズマの再結合や.....」となりそうな気がします.  
 もちろん,学習が進んでいき,波動関数の混合などの段階になると,プラズマ中の分子スペクトルと蛍光体のスペクトルの共通性を学ぶことになるでしょう.決してそれを妨げているものではなく,初学導入段階において,将来とも矛盾ない方向性の提案ととらえていただければと思います.

     もし有機ELでエレクトロルミネッセンスが導入される以前であれば,「冷光」の用語を広める機会があったかもしれません.しかし,今やもう中学教科書にも有機ELがでてきているので,エレクトロルミネッセンスのほうを周知するほうが自然に思えます.

Q  白色LEDにはRGB3色のもあるが,それは確認されているか.
A   私の説明不足だったかもしれません.RGB3色のものは,輝度の点で現在,専ら装飾用につかわれるのみです.RGBの白色LEDは,CDの溝を通しただけでも,きれいに3色にわかれて観測できます.
ルミネッセンスという用語を使えば.
 3色RGBの白色LED :  波長の異なるエレクトロルミネッセンスの重ね合わせ
 青色LED+黄色蛍光体:青のエレクトロルミネッセンス(狭いもあもあ)と,その光によるフォトルミネッセンス(広いもあもあ)が重なったもの.
 と説明できるかと思います.

補足:スライドを作っていて,略語もあったほうが言いやすそうでした.
エレクトロ(電子/電界)ルミネッセンス:エレルミ
(カソード(加速電子/電子線)ルミネッセンスはエレルミといってもいいでしょう)
フォト(光)ルミネッセンス:フォトルミ
ケミ(カル)(化学)ルミネッセンス:ケミルミ
等.

レーザーについては,線幅が補足なりますが,
- 気体レーザー:気体放電中の輝線(電子衝突やペニング過程などの諸反応による)を共鳴増幅したもの
- 半導体レーザー(レーザーポインタ等):エレルミの共鳴増幅
となるでしょうか.光ポンピングによるパルスレーザーの場合は,フォトルミの共鳴増幅です.
         (以上 2015.3.14)
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<補足資料>
上記の文献[1]は,アウトリーチに関する小特集(依頼記事)であり,概要執筆以降発行されました.ぜにご参照ください.ちなみに,物理学会の講演はプラズマの話題でありません(一般的な内容).