2013-02-05

重水素プラズマによる核融合基礎実験の意義

自然科学研究機構核融合科学研究所(核融合研, NIFS)では重水素実験を始めるに当たり、近隣3市との間で「重水素実験開始の同意」と 「環境保全に関する協定」を取り交わそうとしています。土岐市が意見公募を市民に限っているのに対し、多治見市は制限をつけずに募集をしており、全国から(と推定される)賛否の意見が集まっているようです。
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これまで、
賛成(推薦、容認)意見としては、
- 核融合研究所における研究は、エネルギー資源の少ない日本において重要。
- 情報公開ができているなら核融合研が推し進めるD-D実験は問題のない実験。
- 新しいエネルギー源の開発は必須かつ急務
- 暴走がない核融合に基づく発電は、 燃料の普遍性を含め人類にとって究極のエネルギー源
- 大型ヘリカル装置(LHD)は、世界最大の定常プラズマ実験装置であり、核融合エネルギーの早期実現に決定的な貢献が期待される。

反対意見としては
- DD実験では中性子やトリチウムが発生する。
- 安全だといわれても信用できない。
- 敷地境界ではなく、排水口排気口で測るべき。施設内に放射性物質が発生するのが問題。
- 危機管理体制が不明瞭
- 原子力の町には原子力施設があつまってくる。それは容認できない。

などがあるようです。
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これに関して2/7(木)「核融合科学研究所 重水素実験の安全性に関するシンポジウム」も企画されています。

核融合研究の現状とその潜在的リスクについての情報はまだ認知されておらず、判断に困っておられる市民の方々もいらっしゃるのかと思います。そこで、本ブログでは、NIFSで重水素実験を行う意義とその影響等について概説してみたいと思います。
 水素、重水素、三重水素についてはこちらを。

○筆者:
 私は1997年から3年ほど、NIFSに助手(現在の助教)として研究に携わっておりました。現在もNIFSと共同研究をおこなっておりますので、利害関係者ではあります。しかしながら、そもそもNIFSは核融合研究を行っている大学の中心機関ですので、そのあたりはご容赦いただきたく。。。実際、私自身の研究テーマにはLHDの重水素実験は必ずしも必要ありません。
 ちなみに、NIFSの前身は名古屋大学、京都大学、広島大学のプラズマ研究所・研究室が一部統合されてできた元国立研究所です[詳細]。したがって、その気風も、もとの大学の研究室の文化を引きずっている部分があり、良くも悪くも「学者肌」です。

○解説:総論

(1)核融合発電にむけた研究開発について:
- 核融合反応でもっとも条件を達成しやすいのは、重水素(D)と三重水素(T)を密度比1:1に配合したDT反応です。現在開発目標としている核融合発電はこの反応を利用することになっています。
     D+T -->  He( 3.5   MeV)  +  n (14. 1  MeV) 
 核融合反応により生成されるのはヘリウム(He)と中性子(n)です。ヘリウムは安定な希ガスですが、中性子は衝突した相手(ここでは真空容器壁等)を放射化します。容器が放射化する、ということは、その放射性物質が放射線を出す時に発熱をする(崩壊熱)ため、原子力発電の炉心燃料の崩壊熱密度に比べれば小さいものの、仮に全電源喪失が起こると、容器が熱くなってしまいます(実験炉では空冷で十分)。
 燃料棒を抜き取った後の原発の圧力容器をイメージしてもらうとよいと思います(低レベル廃棄物になります)。

 この反応を利用するには、1億度のイオン温度が必要となります。高温にするには、プラズマ状態とその閉じ込めを利用します。このイオン温度のプラズマは現在の大型のトカマク装置では達成されています。太陽の中心温度は1500万度ですので、核融合プラズマの炉心は太陽系で最も高温の場所と言えます。しかしそれを維持するのは大変で、定常な磁力線の籠に閉じ込めて粒子を連続的に供給し、加熱も続けなければいけません。逆に核暴走しない(させようとしてもできない)原理的な利点とも言えます。

 実験に水素(H)を用いると、一億度にしても核融合を起こさないので、放射性物質を出さずにプラズマ物理の研究ができます(X線は出ますが遮蔽は問題ない)。しかし、原子核の重さが異なるため、実際に核融合に用いる条件とは異なってしまいます。

(2)重水素実験について
 重水素によるプラズマは、教育用のスペクトルランプなどにも利用されています。この重水素による核融合反応には
D+D  -->  T (1.01 MeV) + p ( 3.02 MeV) (50%)
  --> 3He (0.82 MeV) + n ( 2.45 MeV) (50%)
 の2つがあり、それぞれ同じ割合で起こります。したがいまして、Tとnの発生量はほぼ1:1です。
 このDD反応を、1億度におけるDT反応率と同程度にもっていくには、10億度のイオン温度が必要になります。これはいまだに人類が手にしたことのない温度です。現在達成可能なイオン温度 1000万〜1億度程度では、このDD反応がおきる確率はDT反応の1/100程度と極めて小さく、反応により生じるトリチウムもわずかです。そのわずかなトリチウムと重水素によるDT反応がおきますが、その量はトリチウムの量で決まるため、同じくごくわずかになります。
 実際、DD実験は各国のトカマク装置やヘリカル装置では以前から行われています。LHDのデータは、最大のヘリカル装置として、それらと相補的な役割を担っており、世界の研究グループからの期待も大きいです。
 DD反応は、資源が無尽蔵であるだけでなく、生成される中性子のエネルギーも小さいので、材料にとっては好都合であり、いずれ、この反応を手にできれば、と思っていますが、それも、まずはDT反応による核融合プラズマの制御を達成させなければいけません。

 [想像] 将来、DD反応による核融合が成功すれば、付随するDT反応による高エネルギーの中性子の量を減らして壁への負荷を低減するため、プラズマ中のトリチウム含有用を減らすような制御が必要となってくるように思います。 ---- 遠い夢です。。

(3)大型ヘリカル装置(LHD)
我が国の核融合開発戦略は、「開発研究」としてのトカマク方式、「学術研究」としてのヘリカル方式およびレーザー方式、と位置づけられています。実際の核融合炉は、将来どこかの段階でチェックアンドレビューを行い、どの炉方式を採用するかが確定されると思います。現段階では、核融合炉心プラズマの条件をすでに満たしているトカマク方式が第一選択であるのは事実です。
 世界一のヘリカル型装置であるLHDの意義はどこにあるのでしょうか? 一つは定常運転の安定性にあります。トカマク方式では、らせん状の磁力線を作るため、プラズマ中に電流を流し続けないといけません(外部駆動および分布制御による自発電流いずれにせよ)。
 ヘリカル方式では、らせん状の外部巻き線で磁場をつくるため、プラズマ中は無電流であっても良好に閉じ込めることができます。多少電流が流れても問題なく、むしろ最適制御に使えます。ただし、トカマク方式にくらべ、まだまだ温度がたりません(密度は高くできるがその時のイオン温度はとても低い)。物理・工学・技術の面から高温のプラズマを達成することは、トカマク方式とともに、核融合炉方式の選択肢となるための不可欠の開発項目となります。
 [個人的意見] "もし" ヘリカル方式で核融合ができるなら、それにこしたことはありません。なんせ、超伝導で磁場をかけておいて、マイクロ波でも粒子ビームでも撃ってあげると、簡単にプラズマができ、再結合で消滅するまで、ずっと磁力線の籠に閉じ込められたままですから --- 初期のLHD実験に参加し、イオン温度を測定していた頃の感想。

○解説:各論

LHDでの重水素実験の学術的意義と影響については、私見も入っていますが、以下のように考えています。やや専門的にならざるをえないこともありますが、ご容赦願います。

(1)プラズマ閉じ込め:
 トカマク方式のITER-P スケーリングでは質量数の0.5乗に比例するので、質量数が2倍になれば閉じ込めが1.4倍によくなる。しかし、ヘリカル方式で採用されているISS95スケ-リングでは、リーディングデータを排出しているLHDにおいて質量数をかえた実験ができていないので、パラメータ外挿の信頼度を高めるスケーリングの議論が十分にはできない。
 質量数の効果は、ラーマ-半径に影響するため、磁場にかかわる物理量がかわることが予想される。イオン質量数が乱流輸送におよぼす影響は未解明である。

(2)プラズマ壁相互作用:
 質量数がかわるので、壁による中性粒子反射特性や不純物発生の状態などがかわる可能性があり、それを示唆するデータも報告されている。フランク・コンドン原子(水素分子が原子に解離した時にできる、3 eV程度の運動エネルギーをもった原子)の速度もかわる。

(3)プラズマ加熱:
 シャインスルー(プラズマを加熱せずにビームが通り抜ける状態)が減るため、NBIの衝突割合が上がり、加熱効率がよくなる。
 ICRF:軽水素をマイノリティとした加熱が可能となり、イオン温度上昇が期待できる。

(4)プラズマ計測:
 水素同位体存在下での計測を検証できる。燃料同位体比の計測は燃焼度の評価に重要な役割を担う。
 重水素ビームを用いることで、損失α粒子計測や中性子計測の開発が可能となる。

(5)炉工学:
 DD反応により発生するトリチウムのモニタリング、計量管理は将来の核融合には必須の要素技術である。量としては少なく、コストがかかるながらも、このような技術を獲得、実証することで、トリチウムの線量係数、規制濃度限界、環境挙動、生体影響などの研究意義が認識される。その結果として、この分野の研究者が質的にも量的にも充実することが期待でき、将来の核融合原型炉、動力炉を見据えた研究者・技術者の育成に有用である。

(6)懸案事項:
 中性子による機器の放射化のために、大学からの共同研究によるものも含め、本体室への持ち込み機器の管理規制がより厳しくなる(かも)。
 原案規模の実験によって、多量の放射性物質(トリチウムのみと考えていいでしょう)の漏洩が発生するとは思えないが、軽微な事故、故障であっても、周辺住民および自治体への説明を迅速かつ丁寧に行うことが肝要となる。 

(7)発生量の見込みと放射線学的等価値(radiological equivalence):
  国際原子力事象評価尺度 INES による見積り(by 筆者):
-  問題となるトリチウムの化学形態は主にHTO(トリチウム水)と思って良い(有機結合トリチウム(OBT)は線量係数が高くても量が少ない、HTガスは線量係数が極めて小さい。一方、INESでは線量係数最大の粒子状トリチウム化合物の場合で代表されている)。
-  INESヨウ素等価増倍係数(I-eq):ベクレルあたり、外部被曝・内部被曝あわせた実効線量係数を与える核種のヨウ素131に対する比。
 トリチウム推奨値:  公衆 1/50, 作業場1/500 。
       ----(筆者は評価の結果公衆でも1/340程度とするのが適切な値と考えている;私評価)

 計画: 3秒放電:最大見込み:0.1 GBq/shot
    年間予定:37 GBq(1-6年目まで)、55.5GBq (7-9 年目)
   インベントリ: 全期間でトリチウム400 GBq 発生とすると仮定する。

- 全期間分の全量が一度に公衆に放出されたとして、I-eq = 8 GBq 。これは Level 4事故の目安 数10-数100 TBq の1/1000 程度以下である。
 - 実際は、年ごとに計量管理され、炉内は放電洗浄などでメンテナンスされる。さらにトリチウムの存在場所は機器に分散しているので、リスクも分散される。仮になんらかの事故があったとして、その時その場所にあったトリチウムの全量が放出されるとしても、最大I-eq = 10-100 MBq 前後ではないかと思われる。
    [ 補足:1000倍ずつ Bq(ベクレル), kBq(キロ-), MBq(メガ-), GBq(ギガ-), TBq(テラ-), PBq (ペタ-)]
  
(8)核融合研の対応について:
 核融合研は今回のDD実験開始に終始傾倒するあまり、微少量であることを強調するのは適切ではなく(研究者としてはよくわかります、その気持ち)、実際の核融合の状況のアセスメントを念頭におくべきである。核融合研のDD実験で発生するトリチウムの量は確かに微量であるが、実際の核融合プラントでは、必ずしもそうとはいえないであろう。だからこそ、いままさに学術研究と技術開発が必要ともいえる。今後はトリチウムのリスクとその定量性について、研究者も市民も理解を深め、情報を共有することで、両者の溝が小さくなると考える(筆者)。

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専門の方からみて、あれが書いてない、これが書いてない、というのはあると思いますが、(書いたことに深刻な間違いがなければ)どうかそれはご容赦。

○ブログですので、少し本音を

 上記各論の(1)〜(5)までは、研究者の立場の学術的な意義です。それだけこのDD実験で得るべき知見は多く、研究者としては、「DD実験をやって、言うほど温度が上がらなかったらどうしよう(心の声)。。。」というところが正直な気持ちで、(7)で評価してみたように、今回のDD実験で出てくるトリチウムが、"たいした量でない"ことは自明なのです。ただ、それを説明し、すべての方に理解いただくのは難しい(元来学者はそういうの苦手なのです。。。と居直ってはいけないが。。。)。

  現在、核融合研究に機密事項はないといっていいでしょう(将来は大量のトリチウムの管理などが必要になってくるはずではあります)。しかし研究者としては、自分の研究を誰より先に論文にして出す前に、公開情報してしまうのは、正直、なんとも悲しいものです。実際、論文にする前に研究報告書として公開されてしまったものもあります(さっさと論文書かかなかった私も悪い)。DD実験については、まだ学術研究の段階です。そのあたりも、ご理解いただきたい部分でもあります。。。。(事故を隠すとか、いったことではありません。念のため)

 核融合に否定的(実現性、あるいは開発そのものに)な意見を持っておられる方がいらっしゃるのは事実です。事実、現時点で、核融合はまだ将来の基幹エネルギーの選択肢としてノミネートされていません。しかし、プラズマ物理・加熱・計測・炉工学の進歩が目覚ましいのは、現場の研究者は実感しています。とはいえ、核融合がこのままの状態ですぐに実現する、と思っている研究者はいません。これからの開発項目はたくさんあり、それをクリアしていくことが使命です。ロケットにしても、バイオにしても、予算規模と時間スケールの差違はあれ、未知の技術に対する研究開発とはそういうものだったと思います。

 このような進歩と課題を社会に訴えかけ、アピールしてくる努力と説得力が我々研究者に欠けていたと思います。その結果、数十年前の核融合研究の状況の印象のまま、実現可能性を判定されてしまうようなことをよく耳にします。「50年前にあと50年といった云々。。」。我々、後の世代の研究者からすると、そのころのあと50年と、今のあと50年とは雲泥の差なのですが、それを言っても、きっとまた繰り返す、と言われるだけでしょうから。。。難しいところです(うまく言えません)。。。

 東京電力福島第一原発事故後の対応のまずさ等が如実になり、専門家や組織への不信感が広がっているのも否定できません。逆に(根拠乏しく)誇大な危険をあおり立てることのリスクも多くの方に認識されていると期待します。核融合研究者も対岸の火事では居られず、早期実現への使命感とともに、安全性の評価や社会受容性の重要性が高まってきています。特に住民の方々との信頼関係が重要で、これをきっかけに放出許容量がどんどん増えていくのではないか?などと勘ぐられると、これはもう現時点の評価をいかに正しくやったとしても。。。。。。 だからこそ、研究者と住民の方々とが、納得いく協定を作っていくしかないのだと思います。

                                (以上)
 
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追記:
○このような情報を(必要であれば)ご参考に、多治見市に対し、自由に意見をのべていただだければと思います。
期限は2/14、形式は自由、とのことです。
提出先:
多治見市企画部企画防災課企画調整グループ 内山 様
メールアドレス: kikaku[at]city.tajimi.gifu.jp         [at]をアットマークに。
 
参考Web:
http://www.city.tajimi.gifu.jp/kikaku/pubcome/12kakuyuken/12kakuyuken.html
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