2014-08-23

- 小学校4年生の夏休み自由研究(親の視点で)-

- 小学校3年生の夏休み自由研究(親の視点で)-
http://plasmankado.blogspot.jp/2012/09/summer-homework.html [1]
を執筆して2年たった.続編を書こう書こうと思いつつ,1年過ぎてしまったが,昨年の夏休み,4年生の夏休み自由研究の状況について備忘録を兼ねて書く.

<§1 テーマ選び>

今回のテーマ選びはさほど苦労はしなかった.転校して住む場所が東京から京都に変わったので,変わった場所での「セミの抜け殻」を調べれば,「とりあえず」格好はつく.仮に昨年と同じような進め方になっても,場所がかわっているわけなので,学術論文でいうところの「重投稿」には該当しない(^^;).先生も前年のものを知らない.

但し,全く同じ,というのは芸がないし,少しは成長したところをみたいものだ,という「親の淡い期待」もある.

めぼしい場所の検討はつけていたので,開始もやりやすいのだが,少し前年と状況は異なった.
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- 1箇所にいる数が少ない.
- 近所に分散している
- したがって,前年のように,夕方と朝と続けてとり,1晩の分をすべて集める(1日分の数を調べる),ということが難しい. .... もちろん,これは親が判断^^
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東京の個体分布はミンミンゼミとアブラゼミで多くの場所ではアブラゼミが多いらしい.しかし鳴き声に関して言うと,ミンミンゼミの一人勝ちである.テレビドラマで使われるのも決まってミンミンゼミで,東京(?)の夏を象徴するといってもよいだろう. 一方,京都のセミの個体分布は主にクマゼミであり,特徴的なミンミンゼミの鳴き声が聞こえない.さらにニイニイゼミもいて,鳴き声にバラエティがある.そこで,本年度は鳴き声にも着目させたいと(親が)思った. 会話の中でその方向にどう誘導するかが問題.

<§2 方法>  -----    テーマ修正を納得させる....

擬音語をつかっても,おそらく読み手には伝わらないだろう(しかし,このような観察も子どもにとっては大事なので取り組んでほしい).まず音をよく聞く(観察ならぬ聴察)ことに重点を置きたい.

音声の解析と可視化には,最近流行しているスマートフォンのアプリに着目した.内蔵マイクからの音声をサンプリングし,それをフーリエ解析して周波数のスペクトルに変換する.人間が普段つかっている音域は当然,このマイクのサンプリング性能がカバーしているはずなので,好都合である.この周波数スペクトルがセミによってまったく違うことに気づいた(...もちろん専門分野では常識なのだろうが,私は初めて認識した).それを子どもにみせると,(スペクトルの意味はわからなくても)視覚的に興味をもつようで,食いついてきた. ------>       「(私の心の声)よし,テーマ確定!(笑)」

前年同様,A3のケント紙3枚(前年は4枚)を2つ折りにして,A4で12ページ分のブックレットにしたものを作成.ページ毎の配置を考える.

できれば,鳴き声(周波数)だけでうまく攻めたいのだが,本人の抜け殻へのこだわり(笑)があって,抜け殻の調査結果は必ず入れたいと譲らない(相変わらず誰に似たのか頑固である).


そこで,「場所による違いを抜け殻で,時間による違いを鳴き声でやったらどうか」と持ちかけたら,乗ってきた(笑).

<§3 具体的作業〜ここからが本番〜>


○場所の違い:
抜け殻を調べる.前年の作業を覚えているので,抜け殻あつめもスムーズだ.レポートでは簡単に昨年調べたことをレビューすることで定着も期待できるだろう.

いざ分類をやってみると,京都では大部分がクマゼミなので,場所によってあまり特徴的なことが言えない.
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東京: ミンミンゼミ ~ アブラゼミ >> ツクツクボウシ
京都: クマゼミ >> アブラゼミ  >>  ニイニイゼミ, ツクツクボウシ(調査外の場所)
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前年の研究がなければ,それでも形になったのかもしれないが,親の好奇心がそれを許さない(笑).もっと詳しくしらべれば,ツクツクボウシなどの生息域もわかると思ったのだが,その調査が大変になることは(大人には)よくわかる....ので,やんわりとその方向を避ける...

セミの抜け殻は具体的な「物」があるので,数を数えたり,分類したりした結果の整理が比較的容易である.しかし,鳴き声をどう表現するか.これはなかなか難しい(子どもにもよるだろうか).時間帯によって主に聞こえる鳴き声も違うので,なにかこの音を小4の力量内で「可視化」できないか,と(親が)考えた.

○時間による違い:
 これは,大変おもしろかった.昼前にクマゼミの声がなくなり,やがて,ニイニイゼミの声が聞こえる.そして,アブラゼミが鳴き始める.聞いていても不思議であるが,周波数スペクトルにするとその違いがはっきりする.あとは,音とスペクトルを「子どもらしく」どう関連づけるかだろう.

 周波数とは「音が空気中をつたわる時,1秒間に何回空気が振動するか」と教えたら納得したようす.

そこで,聞いた音を文字で表現するのと,その音を周波数スペクトルで同時に表現するように書かせてみた.
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 クマゼミ  「ヴィヴィヴィ」    2k-10kHzでモコモコしている
 ニイニイゼミ 「ヂー / 音程が時々下がってまた戻る」 6k-8kHzの間でピークがある.
    アブラゼミ「セリセリセリ」    6kHzと14kHzに2つピークがある.
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セミの鳴き声の周波数スペクトル




 周波数はスマートフォンの写真にセーブして,それをデジカメプリントで写真化したものを渡した.それを自分で切り貼りさせた.我が家はいまのところ,子どもにスマートフォンを持たせることには反対なので,このようにした.パソコンに取り込んで,それを印刷することもできたが,写真を自分で切り貼りしたほうが,与えられた,やってもらったという意識が小さくなると思ったからだ.


(ちなみに,ミンミンゼミの鳴き声の周波数帯域もクマゼミに近い.温暖化ともない,暑さに弱いミンミンゼミが北に追いやられている,という話も聞くが,この周波数の類似性によって両者が共存できない/しにくい,というこもあるのかもしれない.ミンミンゼミに「やつら(クマゼミ)耳障りじゃないか」聞いてみたいところ^^)

京都も山に登ると,ミンミンゼミの鳴き声が聞こえた(ヒグラシもいた).絶滅ってわけではなさそうである.

<§4 感想の書き方>

いかに考察や感想を書けるかが,レポートの質を高める大きな要素になるのだが,我が子はそれがなかなか・・

感想を聞けば,「かしこいなあ」と思ったとのこと(この感想を引き出すだけでもひと苦労^^).理由は「セミの仲間がどこにいるか分かりやすいから」.. このあたりは何を想像してい表現しているのか思い知れないが,子どもらしいと言えば子どもらしい(笑).

<親の感想>

自由研究にはいろいろな「ネタ本」が出版されているようだが,それを研究レポートの形に仕上げるにはなかなか子どもの独力では難しい.課題形式,質疑応答形式にすすめる必要がある段階だろう.個人差もあると思うが,独力での自由研究は,まだ小4でも尚早な気がする.

最近(2014.8)話題になった
「高校生の科学等に関する意識調査報告書-日本・米国・中国・韓国の比較-」
[ http://bit.ly/1voig8lの「概要=報道発表資料(PDF) 図21」によると,日本の子どもは他の三国に比べ,早期から自由研究をやっている.これは小中学校の夏休み課題として定着していることを意味しており,本来,創造性が発揮できるであろう高校以降に研究体験をする割合が圧倒的に少ない(リンク:http://twitpic.com/eam1n5).

2014.8 高校生の科学等に関する意識調査報告書図20,21 「自由研究」に関する日米中韓の比較... on Twitpic
2014.8 高校生の科学等に関する意識調査報告書図20,21
 「自由研究」に関する日米中韓の比較... on Twitpic




現在,小学5年生での夏休み自由研究進行中である.例によって,夏休み終了直前,まだまだ完成にはほど遠い(笑).5年生になり,やっと独力で作業できる段階にきているようだ.それでも独力で筋道をたてるには至っていない.もし独力で研究を成し遂げられるような教育を目指すなら,私見ではあるが,小学校高学年頃から少しずつ研究レポートの形式に慣れさせ,高校ぐらいでやや本格的なレポートが書けるような指導が適切な気がする.それまでは,親が助言を与えながら,科学の現象や用語に興味をもつこと,科学実験・観察へのアレルギーを無くすこと,文章に書くトレーニングをすること等に心がけてはどうかと思う.

以下小学校4年時の自由研究のスキャンPDFをアップする.ただし,人名,地名は伏せてある.
「**にいるセミの鳴く時間に関する研究」
http://bit.ly/1nivhHw


小3編[1]で,「セミのぬけがらの研究」でのドタバタ劇を通じて「自由研究は,子供のため,というより,親が子供の全体的な達成度(=現実:笑)を知るいい機会でもあるのかもしれない.」と書いたが,あらためてそう思った.

前年にくらべ,だいぶ筆が進むようになってきた.それなりに成長しているものだ(してもらわないとこまる).しかしまだまだ「研究」っぽい内容を,自主的にテーマを選び自力で完成させていける段階には至っていない. ---- 逆に自主的にやるようになれば,おそらくこのような論評の機会もなくなるであろう^^.       (文責:plasmankado)
  



2014-07-26

コピペ論文について

巷では理研小保方氏のSTAP細胞に関するNature論文における捏造,剽窃(コピペ)問題が世間を騒がせている.ひいては早稲田大学の学位論文審査の妥当性にまで飛び火している.

本稿では,かつて経験したコピペ論文の扱いを例に,思う所を述べたい.

<論文審査システム>
 卒業論文の審査は主査(例えば指導教員),副査(他研究室でその分野に精通してる教員),その他の審査員(その学科の教員全体)で為される場合が多いと思う.指導教員が主査になれない所も少なくないように,大学,学部によって相違はある.たとえば卒論が不要(卒業研究レポート,発表などで評価する)な大学・学部もある.博士学位論文では,学外の専門家に加わってもらうことも少なくない.

 正直,論文を隅々まで読むのは指導教員(主査)と副査までである.一般の審査員は,通常,概要集が事前配布されるが,論文本体は当日回覧であるところが多いように思う.
 そんなシステムのなか,,,

<ことの起こり>
 以前,ある論文(学部卒業論文)の副査にあたり,事前に配布された該当論文を読んでいた.すると奇妙なことに気づいた.研究の原理部分に記載された図が,数年前に私が指導した学生の修士論文に載せた図にソックリだったのだ.
 それで,過去の論文を引っ張り出してみると,その章の図だけでなく,16ページ中15ページにおよび文章まで同一であることがわかった.思い起こせば,その学生の先輩が,私の所で開発した手法を適用してみたい,ということで,元の修士論文のPDFを送ったことがあった(これはよくあること).それが卒論生にわたっていると推測された.実際,論文の最後に参考文献として,その修士論文が挙げてあったが,当該箇所に引用はなかった.
 結果はさすがに当人の研究室の装置で得られたものであったが(そうでないと有無を言わせずアウト),原理手法の開発もオリジナルな研究である.同じ研究室の先輩の一子相伝の手法なら,100歩譲ってまだ理解できないわけでもない(当然それでもコピペ/丸写しは原則ダメ)が,他研究室で開発されたものを適切な引用なく,しかも文章を含め非常識な量コピペするのは明らかな御法度である.

<審査会での対応>
 審査会で,学生の発表後,副査が試問する.指導教員には(心の準備をしていただくため)事前にその旨を報告し,「私はこれを読んで怒っています.怒っている理由がわかりますか?」で試問を始めた.
 その時の学生の反応は,きょとんとしており,罪悪感がまったく見られなかった.なぜ私が怒っているか理解できなかったようである.

 罪悪感がないのは明らかである.なぜなら,「私」を副査候補として挙げるのは,学生本人であるからだ(もちろん指導教員とは相談する).もし,後ろめたさがあったならば,審査で論文細部を読むことになる私は副査候補から外したであろう.そうしていれば,何事もなかったかのようにその場で卒論合格となった可能性も高い.原理部分なので,「教科書丸写し」の感覚だったのでは,と推測する.指導教員は必ずしもテーマ細部の専門とは限らず,しかも投稿論文ではなく修士論文であったので,これに気づくことが困難だったことは想像に難くない.( 実は,その修論をまとめなおして英文化し,投稿論文にしようと考えていたが,忙しさにかまけてサボっていた負い目もある....)

<結末>
 結果,(詳細経緯は機密であるが)審査会議で,その学生の卒論合否判定は保留となり,年度内卒業ができるギリギリの日程に,あらためて再審査を行うことになった.
 その経緯は私の研究室の修士論文と当該卒論とを見開き左右に配置し,上層部への報告書を提出した(ひと仕事だった).
 再審査において,私は副査として,原理を表す図,および文章はコピペでなく,自分で作図,執筆するように要求した.研究者としては引用してもらうほうがいいのだろうが,本件は教育的指導のつもりだった(本人にそのメッセージが伝わったかどうかは正直わからない).再審査の後,卒論は無事に合格となった.

 もちろん学者(の卵)であれば即アウトであるが,卒論はまだ研究のスタートラインでしかない.意図するしないにかかわらず,過ちも多々ある.研究者の卵として身を立てることができるかどうかをいわば採決する博士論文とは,やはり位置づけが異なる.このような”未遂”はけっこうあちこちで起きているのではないか,と推測する.同時に,すり抜けているものも....本件,私を含めた審査員はその時点での判断として最善を尽くしたと思っている.

  以降,卒論審査では卒論配属時に剽窃(コピペ)について厳しく警告する(すなわち即アウトとする)方針となった.

<感想>
 思い起こせば,その数年前頃より,レポート課題を出すと,立派だが似たり寄ったりのレポートが提出されることが気になりだしたように思える.こちらも対抗手段で.その文章を検索エンジンで検索し,オリジナルを探して,丸写しか咀嚼しているか考慮して採点するようなこともしていた(けっこうな労力であった).
 そうして,私が課すレポートは調査よりも計算問題にすることが多くなっていった.同じ写すなら,コピペよりも友人のノートを書き写すほうがまだ力になると思ったからだ.加えて,レポートには「参考文献,ウェブサイトを明示すること.議論した友人があれば名前をあげ,謝意を示すこと.これは研究者としての最低限のマナーです」と添えるようにした.大学時代演習担当だった恩師のレポート課題(難題)の出し方に倣った.
 統計をとったわけではないが,謝辞に友人を挙げたレポートは徐々に少なくなり,個人がインターネットから探してくるほうが主流になってきたような気もする.

                                                                        ------ 以上,2014.4.24 執筆 (当時未公開)  -------

<STAP騒動>
    上記の回想を書き記して,しばらくたった.「早稲田大学大学院先進理工学研究科における博士学位論文に関する調査委員会」が,小保方氏の学位論文についての所見を公表した
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本研究科・本専攻における学位授与及び博士論 文合格決定にいたる過程の実態等を詳細に検討した上で、「上記問題箇所は学位授与 へ一定の影響を与えているものの、重要な影響を与えたとはいえないため、因果関係がない。」と認定した。
(http://www.waseda.jp/jp/news14/140717_committee.html)
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 このような報告書の大変さは身に染みている(↑^^)
  しかし,情報が多いと,かえって本質を見誤ってしまうのではないだろうか.

学位論文の審査は複数の研究者によってなされる.これが前提である.私を含め,研究者が論文を評価するときは,多かれ少なかれ,以下を基準とするはずである.難しい条件あれこれはもともと苦手な人達の集団である(..よね?).

(1) 序論
 これまでのその分野における背景を適切な引用のうえに紹介されているか.
 その中での自分の研究の位置づけが明確にされているか.
(2) 原理
   オリジナルの場合には,一般的に再現,適用検証が可能なように書かれているか.
      オリジナルでない場合には,適切な引用がなされ,自分の言葉で説明されているか.
  当該研究に則した改良,工夫点が明確に論述されているかどうか.
 (その際にも先駆者への配慮が適切になされるべきである)
(3) 結果
  オリジナルな成果であるか(=対象投稿論文の内容).
  論文の趣旨に「意味のある」データであるか.
  自分の過去の投稿論文のデータであれば,それが明示してあるか.
  (通常,他者の論文のデータは入る余地がない)
(4)  考察
  結果をもとに合理的に書かれているかどうか.
  先例があれば,それを支持する結果となっているか,あるいは反例となっているか.
  (ここではもちろん他者の論文との比較等はあり得る)
(5)  総括
        この結果が当該分野に与えるインパクト,今後の展開など確固たる主張があるか.

このなかで,学位に該当する資質と業績があるかいなかは,(3)結果と(4)考察がすべてといって過言ではない.(1)序論や(2)(オリジナルでない場合の)原理は,審査前であれば,書き直させる指導ができる.しかし,結果や考察は,本人の数年間の蓄積であるので,本人の力量が試されるところ,さらに,だれもが経験するこの苦労は,自分で研究者としてやっていけるかどうかの洗礼でもあるだろう.
 この(3)で,証拠となるデータの信頼性がないのであれば,論外である.剽窃や捏造であれば即アウト.論文審査にあたる相応の専門家からみて,はたしてどうなのであろうか?これは審査員群の力量も試されるところであったはずである(のだが....).
 
 学位剥脱の是非判断は,(STAPの問題と先入観は切り離して)この点を中心になされるべきと思う.序論のコピペは(もちろんダメはダメで,審査すれば落第であるが),学位取り消し判定を左右するかといわれればまだ小さい(ルールに従えばアウトだが程度次第では温情の余地はあるという意  ---  本件は程度を越えてそうではあるが...).
 極端にいえば,いったん学位を剥脱したとして,イントロを書き直せば,同じ論文で再審査して合格になる,ということは起こり得る.今回,こうする解もあると思う.それに対し,実験をやり直して,,,というのは到底あり得ない.

(推測であるが)芋づる式に,過去の他の学位論文の検証へと波及するのを恐れた「政治的判断」なのではないだろうか(朝日新聞記事参照).内外で物議をかもしそうである.いずれにしても,この報告は学位取り消し判定についての大きな基準となるであろう.

                     (2014.7.21  執筆: 7.26 迷いつつ公開)

(覚書 2014.4.10)
https://twitter.com/plasmankado/status/454197070832758784
https://twitter.com/plasmankado/status/454197248100810752
https://twitter.com/plasmankado/status/454197801212051456

<学位取り消しの事例>(ざっと調べた限り)
D(博士)
http://www.waseda.jp/jp/news13/131021_degree.html
http://www.u-tokyo.ac.jp/public/public01_220723_j.html
http://www.u-tokyo.ac.jp/public/public01_231209_j.html
http://www.kyushu-u.ac.jp/pressrelease/2009/2009-08-05-01.pdf
http://www.dokkyomed.ac.jp/dmu/news/20120827-1686.html
http://www.oita-u.ac.jp/01oshirase/gakuihenkan.html

M(修士)
http://www.jukushin.com/archives/10900
http://www.tsukuba.ac.jp/news/20111215160642.html

B(学士:卒論)
http://sfcclip.net/news2004090301 (awardの取り消し)



<余談:論文審査>
 以前,イタリアの工科大学の修士論文審査に呼ばれ(交換留学のような形式で私が日本での指導教員),出向いた時は,副査2名で,その副査からのコメントに対応した後,公聴会となる.公聴会には,親,親戚が聴きに来ることも多い(わけわからん発表でも子供の晴れ舞台,ということ).公聴会の審査は,(当時)点数制ではなく,合議制であり,平常を見ている指導教員(主査と私)の意向が強かった.(ここまでは日本の審査に似ているが,このあとが面白く)点数は卒業式で一人づつ発表され,フルマーク(Maximum と言っていた, 学科で数名)だと拍手喝采で盛り上がる.私の弟子はフルマークをもらい,私の鼻も高かった^^.

 最近では,公平性という名の下,点数制(審査員全員で点数をつける)を採用するところも増えているように思うが,どちらも一長一短である.

 副査の選び方も様々であり,同じ分野の専門家が並ぶ場合もあるが,幅広い分野から審査される場合もある.たとえば,核融合プラズマ計測がテーマであれば,過半数をプラズマ実験の専門家が占める場合もあれば,プラズマ物理,核融合システム,エネルギープラント,光工学,データ解析,シュミュレーションの専門家で多角的に見る場合もある.指導教員は読んでいることが前提であろうが,副査の差(アタリハズレ?)は実際大きく,あまり読まずに要点だけかいつまんで,発表の際に試問する副査も少なくない.それが本質であったり,ど真ん中の専門家だと気づかない視点であったりもするので,一概に悪いとも言えないところが微妙である.

 無理なルール適用は,ルールに沿うこと自体が第一目的になってしまいがちである.私は,こと学術研究に関しては,あまり画一的に「こうあるべき」という型にはめない方が最適解に収まるような気がしている.
  ---- ただし,これは学術の性善説,自浄作用が前提にあることは確かである......




2014-02-19

フィギュアスケートジャンプ:人類は何回転まで到達できるのか?

■はじめに
 本稿のきっかけは職場のニュースレターへ「随想(page 8)」を寄稿するように依頼をうけ、フィギュアスケートに関して久しぶりに考えたことだった。原稿締切が2月初旬ソチオリンピックフィギュアスケート競技団体戦の真っ最中だったので,つい熱が入ってしまったが、3月末の発行時にはもうソチオリンピックも終わっているし、「随想」はページ制限があり(言いたいことを?)省略した内容もあるため、一部視点も変えてこのブログ記事に書き下すことにした。

 筆者は選手を引退してからもう15年近く(バッジテストは6級まで)になるが、最近の技術、プログラム構成の進歩はめざましい。団体戦での羽生選手の4回転トウループ、カウンターターンからのトリプルアクセルは絶品だった。さらに、2/14夜には男子シングルで羽生選手金メダル、町田選手5位入賞、高橋選手6位入賞にも感動した。今やほとんどの選手が4回転を入れたプログラム構成になっている。

 記録をさかのぼると、サルコウ選手の1回転サルコウジャンプ創始とされる1909年から2回転まで17年かかったが、3回転にはさらに29年、3回転から4回転には実に43年かかっている。いったい人類はいつ頃、何回転まで到達するのだろうか
 本稿では、この自分自身の疑問に答えるべく、簡単な予想モデルを当てはめてみた。まずは結果をみていただきたい。

フィギュアスケートジャンプ予想
図1 国際スケート連盟(ISU)公式試合で4回転までの認定記録があるジャンプの予想。
いかにも「それらしい」モデル曲線になっている。 

 データ点は少なく、個人の技量の誤差もあるので、あくまで「シャレ」、というか「夢」というか、、、そのようなものだと思ってお読みいただきたいが、大変興味深い傾向がみえている。

■もちいたモデル式(数式アレルギーの方は読み飛ばしてください^^;)
 モデル式には、少ない係数で記述したい、という方針のもと、次式を採用した。
 y = A (1- exp( -( t - t0) / τ )) . 
 この式のうち、エクスポネンシャル(指数関数)exp( )の中は時間t (> t0 )が大きくなると0に近づく。どのくらいはやく近づくかというと、τ時間がたてば、「1/e」 (=約37%) になるペースである。したがって永久に0になることはない。この式は時間がたてばAに限りなく近づいていく、ということを意味する。
 つまり、人類の進歩は一定の割合で未知の限界に近づいていくという哲学(筆者の観念)を表している。
 「1/e; e分の1」のeはネイピア数といわれ、自然対数の底で2.718... という無理数である;高校の数学2−3年で学ぶ:理系だけ?

 (余談)仮に直線的に記録が伸びるなら、たとえば30年ごとに1回転ずつ増えていく、ということを意味するが、誰が考えてもおかしいはずである。これまでにもマラソンや100m走の記録はxxxx年に女子が男子を抜く、とか、バタフライが自由形を抜くとか、そのような予想が有名科学雑誌に掲載されたり(引用は控える)、センセーショナルな報道になったり、まことしやかな情報として競技者に広まったりした。そこには、「肉体には限界がある」という概念が欠落しているように思っていた。実際に、上記のサルコウの記録をみても、回転数を1つ上げるのは並大抵のことではない。レベルはともかく選手経験があればごく当たりまえのことである。

 直線関係を仮定してみよう。直線を引くには2点のデータがあればいい(比例関係は原点をとおる直線関係であるので、比例であればデータ点が1つあればいい)。しかし、そこに3点目が加わると、「その直線で近似できるかどうか」、というのが問題となる。それが誤差評価である。直線が3点のどれにも近くなるように線を引くように小中学校(?)で学んだのを思い起こしていただきたい。この近似直線に対し、データ点のばらつきが大きければ、誤差が大きい、データ点がうまく乗っていれば誤差が小さい、と評価できる。

 直線は y = ax + b なので、傾きaと切片bの値が決まると直線が確定する。このように、わかっているデータ点から係数a,bを求めることを、直線近似、あるいは直線フィッティングという。ここで難しいのは、現象は直線モデルで記述される保証はない、ということである。では、もう少し複雑な曲線だったらどうなるだろうか。

■データ点のモデル式(モデル曲線)へのあてはめ
 採用したモデル式はyとtを変数とする曲線で、その曲線を確定する係数は (τ, A, t0 )の3つである。したがって、データ点が3つあれば、この直線が確定する。。。。かもしれない。  
 なぜ、「かも知れない」、というかというと、このような係数が3元連立方程式の解としてすべて求まるとは限らないからである。どのくらいこの曲線に近いか、というのは別のもう1点以上が、この3つの係数できまるような曲線上にのっていることを確認しないといけない。
 つまり、4点あれば、「それらしい」曲線と、その誤差評価が可能となる。
そこで、データには、国際スケート連盟(ISU)公式試合で認定された4回転までの記録が現存する男子サルコウ、女子サルコウ、男子ルッツを用いた。
 
 採用したモデル式の「意味」は、西暦 年に 回転に成功する(小数点も含む)ことを表し、Aは到達回転数限界、t0は人類とジャンプ回転との格闘の仮想的な起点とみなせる。各ジャンプ記録データ4点がこのモデル曲線に乗るように係数 (τ, A, t0 )最小二乗法というもっとも一般的な解析手法で決定(関数フィッティング)すると、その後の進歩を予想する外挿曲線ができる。最も気になる係数はAで、Aの値が5を超えるなら5回転に到達するが、5より有意に小さい場合、到達不能と(筆者でなく)モデルが判定していることになる。
 ただし、回転不足ながら、認定を得る、という場合も無いわけではないので、それを考慮すると条件はかなり緩和される。
 τが大きいと、獲得するまでの期間が長く、逆にτが小さいと獲得が容易ということになる(筆者でなく、モデルがそう思ってる。。念のため。。)。

■フィッティング結果 (τ, A, t0 ) 
 男子サルコウ(64 ± 12, 4.96 ± 0.39, 1894 ± 2)、
 女子サルコウ(62 ± 3, 5.08 ± 0.12, 1906 ± 1)、
 男子ルッツ(53 ± 32, 4.48 ± 0.90, 1898 ± 9)-- 誤差が他より大きいことに注意。
 ±の数字はフィッティングの誤差である。

■結果の解釈
 あらためてフィッティング結果(図1)を見ていただきたい。このモデルでフィッティングできたことだけでも少々驚きであった。


 係数Aは男子サルコウ4.96 ± 0.39回転、女子サルコウ5.08 ± 0.12回転、男子ルッツ4.48 ± 0.90回転であった。男女ともサルコウは22世紀頃に5回転に手がとどきそうである。対してルッツは、大きめの誤差範囲に5回転が含まれてはいるものの、データ点からかなりずれてしまう。よほど革新的な練習方法でも発見しない限り難しいように思う。現時点で4回転に未到達のループ、フリップも5回転は厳しそうである(もちろんあくまでモデル予測の話;若干の回転不足での認定まで含めると十分可能性はある---フアンとしては)。
 
 t0のフィッティング結果も興味深い(偶然かも知れない)。
1896年第1回世界フィギュアスケート選手権(男子のみ)男子の t0 がこのあたり。
1906年女子シングルのフィギュアスケート選手権で、女子サルコウの t0 に一致。
 まさに、スケートジャンプとの格闘始まりに相応しい(国際スケート連盟は1892年設立とのこと)。

■このモデルの欠点(限界)
  先に述べたように、個人の技量による誤差は少なくない。参考までに、全ジャンプの記録をプロットした図2を掲載する。 [ http://twitpic.com/7dnoat ]
図2 ISUで認定されたジャンプ初成功年。2011年現在。
分類のため、次のデータ点とは直線で結んである。
 図1で女子の可能性予測を押し上げているのは、2002年に世界初の女子4回転に成功した安藤美姫さん(誇らしいです)のデータ点。日本人の記録はもうひとり、1988年伊藤みどりさんが成功したトリプルアクセル(3回転半)があり、これはシングルからトリプルまでの3点をつなぐとほぼ直線になる。つまり、あっというまに4回転半に到達する、という予測になる。実際は、クワトラプルアクセル(4回転半)の成功年をデータに加えた時点で、予測モデルの係数が修正されることになる。

 男子トウループは2回転認定の記録がなく、4回転の出現が早い。仮に(少々乱暴であるが)t0を1900年ぐらいに固定すると、実は今年にも5回転に到達するような予測曲線になる(いくらなんでも。。。。)。これも同様に、5回転トウループが出現した時点で係数、あるいはモデル自体を修正しなければならない。

 これらを無理矢理フィットすると図3のようになる。
図3 ある仮定をもとに推定した男子トウループと女子アクセルの回転数(仮)予想。
女子アクセルは3点を直線近似、トウループは起点を1900年に固定した本稿のモデル式。
これはあきらかに正しい予想とは言えない。

 明らかにこの予想カーブ(直線)は外れるでしょう。フィッティング結果からは、男子トウループは18回転に向けて360年の時定数で近づいていくと出た(笑)。前述の陸上や水泳の予想と同レベルでしかない(「夢」といえば「夢」)。すなわち、予想はあくまでも予想で、モデルが妥当であることを、現実のデータから検証しながら用いていかないといけない。
 ただ言えることは、ほぼ間違いなく、トウループが最も早く5回転に達するであろうということだろう。

 個人の技量の誤差を緩和するには、例えば、第10人目の成功年を採用する、最初の5人の成功年5点を使う、あるいは同一の選手権で3人が成功した年など、「神業」の域を脱した後のデータを調べ、モデルにあてはめてみるとよいであろう。ただ、現実的にはその記録を抽出するのは難しいのではないだろうか。
 
 技術革新について。練習法、指導法によって急にジャンプが跳べるようになる、というのは、選手であれば誰しも経験しているだろう。実際、ダブル時代のコーチがトリプルを、トリプル時代のコーチがクワトラプルを教え、成功に導いている。この技術革新も、回転数のデータ(歴史)にすでに組み込まれたものである(あった)のか、それとも、今後それがかわるのか、興味深いが予測するのは難しい。数学的には、時定数τの値が変化することになるが、データ数が限られる場合は予測モデルに入れることは不可能に近い。

■結果の考察
 図1から想像できるように、当分4回転まででの争いの時代が続くだろう。それに比べ図2で示されるように、あるジャンプの回転数が1つ上がる期間に比べると、その回転数の種類が増える期間は比較的短い。すなわち、いったんあるジャンプで回転数が上がると、その他の種類のジャンプもその回転数に達している。5種類の4回転ジャンプが出揃うのもそれほど遠い先ではないように思う(4回転半アクセルも)。

 ただし選手個人にとっては、師から弟子へ世代を超えながら回転数を上げていくのであるから、当然その修得は困難になる。加えて基礎力に相当するスケーティング技術や技の完成度も従来以上に要求されるので、基本に手を抜かずに効率的に圧縮して、早期に回転数を上げていくようなトレーニング方法論が必須となる。記録(図の点)にならない数多くの選手、コーチ達の努力が原動力となっていることも忘れてはならない。

(原案2014年2月7日、公開2月19日。文責:@plasmankado)

追記:==============================================
 2016年9月30日、羽生結弦選手が4回転ループを成功させた[スポニチ記事]。3回転ループの成功は1952年なので、実に64年ぶり。これで男子ループの点が4点になったので,予想曲線にフィティングさせた。結果を図4に示す。
図4 国際スケート連盟(ISU)公式試合で4回転までの認定記録があるジャンプの予想。
図1にループを加えた。男子ループの到達上限は4.27±0.10回転 

結果 (τ, A, t0 )は
 男子ループ(43.7 ± 3.3, 4.27 ± 0.10, 1898 ± 1)
となった。この4.27回転という数字が、人類の限界を表す。(あくまでこのモデルに従うと)誤差を考慮しても、また多少の回転不足でも認定されることもあることを考慮しても、やはり5回転は難しい、ということなのかもしれない。
 とすれば、練習方法や助走フォームなどの進歩ももちろんであるが、他のスポーツ同様、フィギュアスケート界も、スケート靴やブレード等の画期的な技術革新を望んでもいい時期なのかもしれない。

 実は2016年の4月に宇野昌磨選手が4回転フリップを成功させている(誇らしいですね)。ただ,男子フリップの成功年記録が1回転と4回転しかないため、予想曲線を引くことができない。


(2016年10月1日。文責:@plasmankado)


補足:
- シングル、ダブル、トリプルまでは馴染みがありますが、4回転以上はどういうのでしょうか。
 4回転:クワドラプル(quadruple),  5回転:クインタプル(quintuple) と続きます[wiki]。

- ジャンプには整数回回転5種類(現行ルールの基礎点が低い順にトウループ、サルコウ、ループ、フリップ、ルッツ)と半整数回回転1種類(アクセル)がある [フィギュアスケートの採点法]。回転数が少ないと、トウループよりサルコウのほうが容易な印象であるが、回転数が上がると、助走の回転とトウの反発力を直接接続できるトウループのほうが若干やさしい、という評価のようだ(同意)。
     
参考
 基礎学力の早期充実について一考。「スペシャルジャンプだけでは(PDF)」(淡青評論 No.1371 2008年3月14日p.44 裏表紙)