2014-02-19

フィギュアスケートジャンプ:人類は何回転まで到達できるのか?

■はじめに
 本稿のきっかけは職場のニュースレターへ「随想(page 8)」を寄稿するように依頼をうけ、フィギュアスケートに関して久しぶりに考えたことだった。原稿締切が2月初旬ソチオリンピックフィギュアスケート競技団体戦の真っ最中だったので,つい熱が入ってしまったが、3月末の発行時にはもうソチオリンピックも終わっているし、「随想」はページ制限があり(言いたいことを?)省略した内容もあるため、一部視点も変えてこのブログ記事に書き下すことにした。

 筆者は選手を引退してからもう15年近く(バッジテストは6級まで)になるが、最近の技術、プログラム構成の進歩はめざましい。団体戦での羽生選手の4回転トウループ、カウンターターンからのトリプルアクセルは絶品だった。さらに、2/14夜には男子シングルで羽生選手金メダル、町田選手5位入賞、高橋選手6位入賞にも感動した。今やほとんどの選手が4回転を入れたプログラム構成になっている。

 記録をさかのぼると、サルコウ選手の1回転サルコウジャンプ創始とされる1909年から2回転まで17年かかったが、3回転にはさらに29年、3回転から4回転には実に43年かかっている。いったい人類はいつ頃、何回転まで到達するのだろうか
 本稿では、この自分自身の疑問に答えるべく、簡単な予想モデルを当てはめてみた。まずは結果をみていただきたい。

フィギュアスケートジャンプ予想
図1 国際スケート連盟(ISU)公式試合で4回転までの認定記録があるジャンプの予想。
いかにも「それらしい」モデル曲線になっている。 

 データ点は少なく、個人の技量の誤差もあるので、あくまで「シャレ」、というか「夢」というか、、、そのようなものだと思ってお読みいただきたいが、大変興味深い傾向がみえている。

■もちいたモデル式(数式アレルギーの方は読み飛ばしてください^^;)
 モデル式には、少ない係数で記述したい、という方針のもと、次式を採用した。
 y = A (1- exp( -( t - t0) / τ )) . 
 この式のうち、エクスポネンシャル(指数関数)exp( )の中は時間t (> t0 )が大きくなると0に近づく。どのくらいはやく近づくかというと、τ時間がたてば、「1/e」 (=約37%) になるペースである。したがって永久に0になることはない。この式は時間がたてばAに限りなく近づいていく、ということを意味する。
 つまり、人類の進歩は一定の割合で未知の限界に近づいていくという哲学(筆者の観念)を表している。
 「1/e; e分の1」のeはネイピア数といわれ、自然対数の底で2.718... という無理数である;高校の数学2−3年で学ぶ:理系だけ?

 (余談)仮に直線的に記録が伸びるなら、たとえば30年ごとに1回転ずつ増えていく、ということを意味するが、誰が考えてもおかしいはずである。これまでにもマラソンや100m走の記録はxxxx年に女子が男子を抜く、とか、バタフライが自由形を抜くとか、そのような予想が有名科学雑誌に掲載されたり(引用は控える)、センセーショナルな報道になったり、まことしやかな情報として競技者に広まったりした。そこには、「肉体には限界がある」という概念が欠落しているように思っていた。実際に、上記のサルコウの記録をみても、回転数を1つ上げるのは並大抵のことではない。レベルはともかく選手経験があればごく当たりまえのことである。

 直線関係を仮定してみよう。直線を引くには2点のデータがあればいい(比例関係は原点をとおる直線関係であるので、比例であればデータ点が1つあればいい)。しかし、そこに3点目が加わると、「その直線で近似できるかどうか」、というのが問題となる。それが誤差評価である。直線が3点のどれにも近くなるように線を引くように小中学校(?)で学んだのを思い起こしていただきたい。この近似直線に対し、データ点のばらつきが大きければ、誤差が大きい、データ点がうまく乗っていれば誤差が小さい、と評価できる。

 直線は y = ax + b なので、傾きaと切片bの値が決まると直線が確定する。このように、わかっているデータ点から係数a,bを求めることを、直線近似、あるいは直線フィッティングという。ここで難しいのは、現象は直線モデルで記述される保証はない、ということである。では、もう少し複雑な曲線だったらどうなるだろうか。

■データ点のモデル式(モデル曲線)へのあてはめ
 採用したモデル式はyとtを変数とする曲線で、その曲線を確定する係数は (τ, A, t0 )の3つである。したがって、データ点が3つあれば、この直線が確定する。。。。かもしれない。  
 なぜ、「かも知れない」、というかというと、このような係数が3元連立方程式の解としてすべて求まるとは限らないからである。どのくらいこの曲線に近いか、というのは別のもう1点以上が、この3つの係数できまるような曲線上にのっていることを確認しないといけない。
 つまり、4点あれば、「それらしい」曲線と、その誤差評価が可能となる。
そこで、データには、国際スケート連盟(ISU)公式試合で認定された4回転までの記録が現存する男子サルコウ、女子サルコウ、男子ルッツを用いた。
 
 採用したモデル式の「意味」は、西暦 年に 回転に成功する(小数点も含む)ことを表し、Aは到達回転数限界、t0は人類とジャンプ回転との格闘の仮想的な起点とみなせる。各ジャンプ記録データ4点がこのモデル曲線に乗るように係数 (τ, A, t0 )最小二乗法というもっとも一般的な解析手法で決定(関数フィッティング)すると、その後の進歩を予想する外挿曲線ができる。最も気になる係数はAで、Aの値が5を超えるなら5回転に到達するが、5より有意に小さい場合、到達不能と(筆者でなく)モデルが判定していることになる。
 ただし、回転不足ながら、認定を得る、という場合も無いわけではないので、それを考慮すると条件はかなり緩和される。
 τが大きいと、獲得するまでの期間が長く、逆にτが小さいと獲得が容易ということになる(筆者でなく、モデルがそう思ってる。。念のため。。)。

■フィッティング結果 (τ, A, t0 ) 
 男子サルコウ(64 ± 12, 4.96 ± 0.39, 1894 ± 2)、
 女子サルコウ(62 ± 3, 5.08 ± 0.12, 1906 ± 1)、
 男子ルッツ(53 ± 32, 4.48 ± 0.90, 1898 ± 9)-- 誤差が他より大きいことに注意。
 ±の数字はフィッティングの誤差である。

■結果の解釈
 あらためてフィッティング結果(図1)を見ていただきたい。このモデルでフィッティングできたことだけでも少々驚きであった。


 係数Aは男子サルコウ4.96 ± 0.39回転、女子サルコウ5.08 ± 0.12回転、男子ルッツ4.48 ± 0.90回転であった。男女ともサルコウは22世紀頃に5回転に手がとどきそうである。対してルッツは、大きめの誤差範囲に5回転が含まれてはいるものの、データ点からかなりずれてしまう。よほど革新的な練習方法でも発見しない限り難しいように思う。現時点で4回転に未到達のループ、フリップも5回転は厳しそうである(もちろんあくまでモデル予測の話;若干の回転不足での認定まで含めると十分可能性はある---フアンとしては)。
 
 t0のフィッティング結果も興味深い(偶然かも知れない)。
1896年第1回世界フィギュアスケート選手権(男子のみ)男子の t0 がこのあたり。
1906年女子シングルのフィギュアスケート選手権で、女子サルコウの t0 に一致。
 まさに、スケートジャンプとの格闘始まりに相応しい(国際スケート連盟は1892年設立とのこと)。

■このモデルの欠点(限界)
  先に述べたように、個人の技量による誤差は少なくない。参考までに、全ジャンプの記録をプロットした図2を掲載する。 [ http://twitpic.com/7dnoat ]
図2 ISUで認定されたジャンプ初成功年。2011年現在。
分類のため、次のデータ点とは直線で結んである。
 図1で女子の可能性予測を押し上げているのは、2002年に世界初の女子4回転に成功した安藤美姫さん(誇らしいです)のデータ点。日本人の記録はもうひとり、1988年伊藤みどりさんが成功したトリプルアクセル(3回転半)があり、これはシングルからトリプルまでの3点をつなぐとほぼ直線になる。つまり、あっというまに4回転半に到達する、という予測になる。実際は、クワトラプルアクセル(4回転半)の成功年をデータに加えた時点で、予測モデルの係数が修正されることになる。

 男子トウループは2回転認定の記録がなく、4回転の出現が早い。仮に(少々乱暴であるが)t0を1900年ぐらいに固定すると、実は今年にも5回転に到達するような予測曲線になる(いくらなんでも。。。。)。これも同様に、5回転トウループが出現した時点で係数、あるいはモデル自体を修正しなければならない。

 これらを無理矢理フィットすると図3のようになる。
図3 ある仮定をもとに推定した男子トウループと女子アクセルの回転数(仮)予想。
女子アクセルは3点を直線近似、トウループは起点を1900年に固定した本稿のモデル式。
これはあきらかに正しい予想とは言えない。

 明らかにこの予想カーブ(直線)は外れるでしょう。フィッティング結果からは、男子トウループは18回転に向けて360年の時定数で近づいていくと出た(笑)。前述の陸上や水泳の予想と同レベルでしかない(「夢」といえば「夢」)。すなわち、予想はあくまでも予想で、モデルが妥当であることを、現実のデータから検証しながら用いていかないといけない。
 ただ言えることは、ほぼ間違いなく、トウループが最も早く5回転に達するであろうということだろう。

 個人の技量の誤差を緩和するには、例えば、第10人目の成功年を採用する、最初の5人の成功年5点を使う、あるいは同一の選手権で3人が成功した年など、「神業」の域を脱した後のデータを調べ、モデルにあてはめてみるとよいであろう。ただ、現実的にはその記録を抽出するのは難しいのではないだろうか。
 
 技術革新について。練習法、指導法によって急にジャンプが跳べるようになる、というのは、選手であれば誰しも経験しているだろう。実際、ダブル時代のコーチがトリプルを、トリプル時代のコーチがクワトラプルを教え、成功に導いている。この技術革新も、回転数のデータ(歴史)にすでに組み込まれたものである(あった)のか、それとも、今後それがかわるのか、興味深いが予測するのは難しい。数学的には、時定数τの値が変化することになるが、データ数が限られる場合は予測モデルに入れることは不可能に近い。

■結果の考察
 図1から想像できるように、当分4回転まででの争いの時代が続くだろう。それに比べ図2で示されるように、あるジャンプの回転数が1つ上がる期間に比べると、その回転数の種類が増える期間は比較的短い。すなわち、いったんあるジャンプで回転数が上がると、その他の種類のジャンプもその回転数に達している。5種類の4回転ジャンプが出揃うのもそれほど遠い先ではないように思う(4回転半アクセルも)。

 ただし選手個人にとっては、師から弟子へ世代を超えながら回転数を上げていくのであるから、当然その修得は困難になる。加えて基礎力に相当するスケーティング技術や技の完成度も従来以上に要求されるので、基本に手を抜かずに効率的に圧縮して、早期に回転数を上げていくようなトレーニング方法論が必須となる。記録(図の点)にならない数多くの選手、コーチ達の努力が原動力となっていることも忘れてはならない。

(原案2014年2月7日、公開2月19日。文責:@plasmankado)

追記:==============================================
 2016年9月30日、羽生結弦選手が4回転ループを成功させた[スポニチ記事]。3回転ループの成功は1952年なので、実に64年ぶり。これで男子ループの点が4点になったので,予想曲線にフィティングさせた。結果を図4に示す。
図4 国際スケート連盟(ISU)公式試合で4回転までの認定記録があるジャンプの予想。
図1にループを加えた。男子ループの到達上限は4.27±0.10回転 

結果 (τ, A, t0 )は
 男子ルッツ(43.7 ± 3.3, 4.27 ± 0.10, 1898 ± 1)
となった。この4.27年という数字が、人類が限界を表す。(あくまでこのモデルに従うと)誤差を考慮しても、また多少の回転不足でも認定されることもあることを考慮しても、やはり5回転は難しい、ということなのかもしれない。
 とすれば、練習方法や助走フォームなどの進歩ももちろんであるが、他のスポーツ同様、フィギュアスケート界も、スケート靴やブレード等の画期的な技術革新を望んでもいい時期なのかもしれない。

 実は2016年の4月に宇野昌磨選手が4回転フリップを成功させている(誇らしいですね)。ただ,男子フリップの成功年記録が1回転と4回転しかないため、予想曲線を引くことができない。

(2016年10月1日。文責:@plasmankado)


補足:
- シングル、ダブル、トリプルまでは馴染みがありますが、4回転以上はどういうのでしょうか。
 4回転:クワドラプル(quadruple),  5回転:クインタプル(quintuple) と続きます[wiki]。

- ジャンプには整数回回転5種類(現行ルールの基礎点が低い順にトウループ、サルコウ、ループ、フリップ、ルッツ)と半整数回回転1種類(アクセル)がある [フィギュアスケートの採点法]。回転数が少ないと、トウループよりサルコウのほうが容易な印象であるが、回転数が上がると、助走の回転とトウの反発力を直接接続できるトウループのほうが若干やさしい、という評価のようだ(同意)。
     
参考
 基礎学力の早期充実について一考。「スペシャルジャンプだけでは」(淡青評論 No.1369 2008年3月14日)