2013年7月25日東京新聞に,
「放射線量の減り方 鈍化 半減期短い物質減少 30年のセシウム残存」という記事がありました.[ 出典:http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2013072590070331.html ]
記事内容に不安を抱くかたも少なからずおられるかと思いましたので,検証してみました.
先に結論を述べますと,まだ下げ止まりはしなさそう,ということです.
記事では,セシウム137(半減期約30年)とセシウム134(半減期約2年)の割合で,セシウム137が残るから,,,という論調でした.
しかし,土壌汚染による空間線量は物理的半減期だけでなく,風化作用がかなり寄与しています.(私の理解では)チェルノブイリのデータをもとに,風化作用は速い寿命と遅い寿命の2つの関数で近似されています.なぜ2つの関数か,というのは厳密な根拠というより,現実の減衰を表現するのに十分な曲線になっている,ということと理解いただければいいとおもいます.
外部被曝を計算するのに国際的によく使われるRASCALという計算コードがありますが,そこでは,芝生を仮定し,風化の時定数として0.612年と92.6年が0.63:(1-0.63)で配分されるという特性が使われていました(1994年 RASCAL ver.2.1まで).これを(1)とします.最近の推奨値では1.5年と50年が 0.4:(1-0.4)で配分するものを推奨されています(2007年 RASCAL ver.3.0.5).これを(2)とします.
お察しのように,土壌がかわれば,風化の時定数はかわります.日本は雨も多いので,より速く減衰するのではないかな〜〜と想像したりもしていました.
そこで,この東京新聞に記載された5点のデータからこの先の減衰を推定できるよう,以下の条件で再現しました.
1) セシウム137と134が事故時にベクレル比1:1存在.
2) 事故前の自然放射線は0.05 uSv/h (毎時マイクロシーベルト)
3) 風化曲線も2つの時定数で減衰.長い方は92.6年に固定(精度が出ないので)
これをもとに,フィッティング関数をつくり,最小二乗法という最も典型的な数学手法でフリーパラメータである風化の速い時定数とその割合を求めました.
フィッティングの結果は,半減期0.528年(6.3ヶ月)の成分が0.663あるということになりました(残り0.337は92.6年の成分).(1)と比べても減衰がはやい(半減期が小さい)ことがわかります.これを(3)とします.
結果を東京新聞の図に重ねます.
2013年7月25日東京新聞に掲載された図にモデル計算結果を重ね書き 赤の太い点線がフィッティング結果 |
[ 計算結果の図 http://bit.ly/18BfPRp ]
少し見にくいかと思いますが,3本の曲線を追加しました.オレンジの一番上にきているものが上記(2)の最新の推奨値です.その下が以前値(1)です.一番下の赤の太い点線がフィッティング結果(3)です.
(2)よりもかなり速く減衰していることが確認されました.
東京新聞のグラフは最後図が水平に寝ていて,そのまま延長すると,確かに「減らなさそうに」錯覚してしまいそうです(灰色の点線で延長してみました).ですが,「2年すぎたからあとはセシウム137だ」というのは早計で,実際には物理半減期2種類,風化の半減期2種類のそれぞれの寄与で表現されることになります.
注(発展的):複数の原因による半減期の合成は「逆数の和の逆数」になりますので,仮に1:1の配分でおきる2成分(τ1, τ2)の減衰と1:1でおきる2成分(τ3,τ4)の減衰をあわせると,τ1τ3/(τ1+τ3), τ1τ4/(τ1+τ4), τ2τ3/(τ2+τ3),τ2τ4/(τ2+τ4)の時定数の減衰が1:1:1:1でおきることになります(短と短,短と長,長と短,長と長).半減期の合成では短いほうの半減期がより寄与します.なぜなら,「逆数の和の逆数」では短い方よりもさらに短くなるからです.指数対数を習ったことのある方は,式 exp(-t/τ1)exp(-t/τ3) = exp(-t/τ) でτをτ1,τ3を使って求めてみられるとよいと思います(1/2 のt/τ1乗...でも考え方は同じです).(--- ここ,文章ではあまりうまく説明できてないような気がします....)
もちろん,もう少し長期にわたってデータを追っていかないと正確な値は得られませんし,局所的には場所による濃淡,除染,逆に上流からの移動などがあると思うのですが,この2年間の空間線量の曲線は風化のモデルを仮定して得られる曲線でよく表現されていることがわかります.
今の横軸の経過時間だと,半減期の短いものはセシウム134のみで,他のものの空間線量への寄与は無視できます.2年よりももっと速く,1年程度で半減しているのは,短半減期の不明な核種がでていた,というのではなく(誤解のないよう),セシウム134と風化でほぼ説明できる(であろう)と言えます.
したがいまして,まだ当面,「速い風化と遅い半減期」,あるいは「遅い風化と速い半減期」の寄与分で減衰していくと考えるほうが妥当であろうと思います.
とりいそぎ,速報でした.もしミスなどあれば,あらためて追記し,アップデートしたいと思います.
- 2013.7.27 微修正しました. 半減期の合成補足しましたが,(自分で読んでも)いまいちです...調和平均(逆数の平均の逆数)は,正しくなかった.正しくは,(逆数の和の逆数)=(「和」分の「積」)です(名称あるのでしょうか).